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2015-03-07

相変わらず The Wind-up Birds Chronicle を聴いている。クリタ・タカノなる女性に自己を投影する女性の読者は多いだろう。そして彼女の語る死と再生の話に共鳴を感じる人はいるだろう。その意味では、ハルキ・ムラカミの話は男女双方のどちらの読者にもアピールすることができる。よって読者層は広がるのである。

クリタ・タカノはある時にノボル・ワタヤと出会う。そして、その時にdefileされたと感じる。しかし、そのdefilement の経験は a pain でもあり a pleasure であったともいう。かなりアンビバレンツな経験をしている。その経験の後に彼女は自分が a walking corpse になった、emptinessであったと述べている。しかし、8年ぶりにマルタ島から帰ってきた姉妹のマルタ・タカノと会って、自分の経験を語る。そして救われた。

そして、その救いを完全にするために、どうも彼女は主人公とsleep with しなければならない。ノボル・ワタヤに会って、defileされた自分が主人公と寝ることで、liberated されるのである。そして二人は今まではmindだけで結ばれていたのだが、実際にphysically にも結ばれることになる。

マルタ・タカノは主人公のmindの中に入っていくために、クリタ・タカノをmediumとして利用したという言葉も出てくる。謎ばかりである。しかし、これらの説明が最後までないことを知っているので、読者としての自分は自ら探さなければならない。

この小説をどのように解釈すべきか途方に暮れてネットを探していたら、古上織 蛍(こうえおり ほたる)氏による「謎解き村上春樹(感想・考察・書評)」というサイトを見つけた。興味深く解題してあり、なるほどと、うなずくことも多かった。

また、『国境の南、太陽の西』についての書評の所で、次のことを教えてもらった。「なぜ、この小説に続きがないかというと、結局この小説が「ねじまき鳥クロニクル」を執筆した第1稿を推敲する際に削った部分が元になっており、そこに加筆する形で書かれているためでしょう。この続きにあたる部分は「ねじまき鳥クロニクル」のストーリーの中に回収されてしまっているのです。」とあった。古上織氏のこのサイトは非常に有益であるので、今後も時々参照してみたいと思った。

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